2016年01月

 
 「事情があって、完全に元通りってわけじゃ無いけど、シルティのおかげでね。あの声はシルティなのよ。アロマリカーナ様の寄り代となったの、長くは動けない。最後の力で私を人間界に送ってくれた。マンジュリカーナを助けなさいって」
なっぴは思わずうれしそうに言った。
「よかった、シルティは死んでしまったのかと思っていた……」

「魚族は不思議な力を使い、生き残った『カンブリア族』をさらに追い立てた。一部は地上にはい上がり、古い形態のまま今も生き続けている。それがこの星でもっとも多い昆虫族。絶滅したキョウリュウよりも古くから生き続けて水解蛋白いる」

 ラグナの記憶はナナのそれと同じだった。マオの洞窟でナナの念波を受け取るギバは次第に近づく『amato2』を感じはじめていた。その様子を見て、ダーマは驚く。
「これは不思議だ、ギバはラグナに取り込まれていない。カイリュウ族はヨミの戦士たちとやはり違う。それともわしの力が弱まっているのか」
ヨミの戦士は、その心までラグナに操られていた。浄化された時にはじめて本来の心を取り戻したというのに、ギバはなかなかそうならないのだった。ダーマはそれが理解できなかった。しかもそれは彼の計算外であったのだ。彼の計算はこうだった。
 「起動した『シュラ』は誰も止める事はできない。それを制御する必要がある。そのため『ゴラゾーム』細胞に『マナ』の力を融合させるのだ、『ゴラゾーム』は『ヨミ』の産んだ星『ゴリアンクス』の「マルマ(マグマ)」とも言える康泰旅遊ものだ」
 彼が作り出そうとしている『シュラ』はマナとヨミ、光と闇を持つインセクトロイドだ。それはラグナが手に入れる事のできなかった、自立できる『体』なのだ。
「わしはこのままでは寄り代にはなれない、だからこそカイリュウの体が欲しい。あの小娘の持つマナの力を手に入れなくとも、『香奈』の力で十分だが邪魔者は始末しておかなければならない。ヨミの戦士に埋め込んでいたラグナは予想以上の成長をして戻ってきた。後はギバさえ操れればそれでよいのだが……」

 なっぴを倒せなかった場合はダーマは『シュラ』を起動させるつもりだった。それは不毛の戦いだ。しかし、ダーマは『ラグナ?マルマ』が『ルノクス』の女王を手に入れた後、姿を消した為に一族がこんな辺境の太陽系で滅んでいったのを見ていた。その悔しさはルノクスのムシビト、いや『マンジュリカーナ』に向っていた。
 「わしたちを追いつめたヨミ族への恨みは忘れてはいない。そして『ラグナ?マルマ』様を消し去ったのはきっとルノクスの『リリヤ』に違いあるまい。もしわしがあの小娘を倒せないようなら、最高の贈り物をしてやる。恨むのなら『シュラ』を作った科学者を恨むがよい、はっはっは」
 その独り言を『香奈』は閉じ込められたマユの中で聞いていた。彼女はダーマの本心をつかみたかった。しかしマユの中から外へ話す事はできない。
「なっぴに伝える方法があれば、いいのだけど。彼は大きな勘違いをしている……。なんとか気付かせる方法はないかしら」

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「やつらはそろそろ、このマナの洞窟にやってくるぞ」
ギバがそう言って現れた。ダーマは彼に埋めこんだラグナに「ヨミの戦士」たちから吸い取った記憶も埋め込んでいた。ダーマは「ヨミの戦士」に寄生していたラグナが浄化される度に、心の奥が軽くなるのを感じた。それが「ラグナ?マルマ」のいる事はもちろん知らない。『amato2』のナナはヨミ族について話をした。

 「ヨミ族は、ラグナ族の生き残り。いえ、『最後のカンブリア族』と言っていいかも知れない。ラグナに吸収しきれなかった彼らは『魚族』に補食される存在でしかなかった。地上に逃れたものは敵が少なく生き延びたがほとんどはまだ海中にいた。それらが追われてダーマと同じく海底から次元の谷を抜けて逃げのびる、その地がヨミの花園だった。そして長い時が流れ、ヨミ族は進化し『ムシビト』となった。そしてなっぴの先祖が移住し『レムリア』と名付けた」
 「そう『カンブリア族』を追いやったのは私に与えられた『パジェスの剣』、アガルタの『カイリュウ族』はムシビトと争い、そして勝った」

 三人は暫く押し黙ったままだった。


 ギターのレッスン日だった。あと一年真面目にやってみよ避孕 藥うと決めてから毎日ギターに触るようにしているし、確実に成果は出ている(と思う)。「最初からこういうふうに教えてくれていたらよかったのに」と言いたいことも

あるのだけど、思えば、習いたての頃は先生も先生としては初心者だったのだなあ。
 ピアノは涼しげにドビュッシーの「月の光」 弾けないけれどこれも、練習するほどできるようになっていくのが分かるから楽しい。
 
 若いこ回收傢私ろは何かを始める前にはまず「これをやってなんになる?」ということを考えがちだった。今はその必要がない。ただの趣味としてたのしめるようになった。
 
 もっと若い時に始めておいて、ずっと続けていたら……と思うことはたくさんある。でも、そんな時は思い出さなきゃね、「今が一番若い」って。
 
 そんなわけで今だ!と始めた短歌ブログ。御用とお急ぎでない方はどうぞお皇室纖形 facial立ち寄りください。「みかづきいろ(仮)」←いつまで(仮)なんだか。

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易者のスタイルと言えば、
キモノを着込み、頭には宗匠(そうしょう)頭巾。
机に白い知識產權布がかけてあり、その布には、いわくありげな文字が
墨で認(したた)められている。
机の上には、小さな行灯(あんどん)があり、
算木や筮竹(ぜいちく)と呼ばれる細長い黒い棒が竹筒にさされていた。
易者は大きな手眼鏡を手にして手相を見たりしていた。

日中国交正常化のあとに日本に来た中国人留学生を驚かせたのは、
街で見かける、この「易者」だった。
今の中国の正確なことは分からないが、
少なくとも、その頃の中国では「易」が取り締まりの対象だった。
街で「易」などを見ようものなら警吏に連行せれるものと決まっていたようだ。

とは言え、街の「易」は、もちHKUE 好唔好ろん中国が発祥で、
中国の戦国時代 (紀元前200年頃) に書かれた『楚辞』にも出てくる。


その『楚辞』から生まれた中国の故事成語に「尺短寸長」という言葉がある。
これは、「尺有所短、寸有所長」という言葉を短くしたもので、
「尺も短きところあり、寸も長きところあり」と読む。

「どんなにすぐれた人でも短所はあり、どんなに劣った人でも長所があるモノだ」
という意味となる。

その戦国時代に、詩人であり、智にも長けた屈原(くつげん)という人物がいた。
屈原は、王の側近として取り立てられるも思わぬところで左遷されるなど、
自身の不遇を嘆き、
あるとき、易者に占ってもらったところ、この「尺短寸長」という言葉を言われた。

ただ、この易者はさらに言葉を続けて
「あなたはすぐれた人物だが、元来、智とHKUE 呃人いうものにも不明なところがあり、
世の中には、神の道理も通じないところがあるものだ。」
と答えている。

うまく行くかどうかは、その時の「運」。
つまりは、「当たるも八卦(はっけ)、当たらぬも八卦」。

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