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易者のスタイルと言えば、
キモノを着込み、頭には宗匠(そうしょう)頭巾。
机に白い知識產權布がかけてあり、その布には、いわくありげな文字が
墨で認(したた)められている。
机の上には、小さな行灯(あんどん)があり、
算木や筮竹(ぜいちく)と呼ばれる細長い黒い棒が竹筒にさされていた。
易者は大きな手眼鏡を手にして手相を見たりしていた。

日中国交正常化のあとに日本に来た中国人留学生を驚かせたのは、
街で見かける、この「易者」だった。
今の中国の正確なことは分からないが、
少なくとも、その頃の中国では「易」が取り締まりの対象だった。
街で「易」などを見ようものなら警吏に連行せれるものと決まっていたようだ。

とは言え、街の「易」は、もちHKUE 好唔好ろん中国が発祥で、
中国の戦国時代 (紀元前200年頃) に書かれた『楚辞』にも出てくる。


その『楚辞』から生まれた中国の故事成語に「尺短寸長」という言葉がある。
これは、「尺有所短、寸有所長」という言葉を短くしたもので、
「尺も短きところあり、寸も長きところあり」と読む。

「どんなにすぐれた人でも短所はあり、どんなに劣った人でも長所があるモノだ」
という意味となる。

その戦国時代に、詩人であり、智にも長けた屈原(くつげん)という人物がいた。
屈原は、王の側近として取り立てられるも思わぬところで左遷されるなど、
自身の不遇を嘆き、
あるとき、易者に占ってもらったところ、この「尺短寸長」という言葉を言われた。

ただ、この易者はさらに言葉を続けて
「あなたはすぐれた人物だが、元来、智とHKUE 呃人いうものにも不明なところがあり、
世の中には、神の道理も通じないところがあるものだ。」
と答えている。

うまく行くかどうかは、その時の「運」。
つまりは、「当たるも八卦(はっけ)、当たらぬも八卦」。